時計

 
 電池を交換した小さな時計の短針が秒針と一緒に一秒を知らせるようになったから、裏蓋をドライバーでこじあけ、動力部分と文字盤を取り出して修理した。短針と秒針の動きが分かれたことを確認した後、裏蓋を元に戻そうとしてもどうしても元に戻せなくなった(わたしは不器用だ)。だんだん面倒になって、文字盤の方を下にして棚の上に置き、裏蓋は本体に立てかけた。それからというもの、秒針はいびつな音をたてて時を刻んでいる。直したはずの短針も再び一秒ごとに動いているのかもしれない。
 
 所有する時計は全て狂わせたままにしてある。正しい時刻など別の世界の話なのだと思うことにして、少し考えて、やっぱりやめた。くだらない。
 所有する時計を全て狂わせたままにしてあるし、そのうちの一つは中途半端に壊したままであるから、わたしは自分の時計では正確な時刻を知ることがない。特に不便はない。誰かが知らせてくれる。
 
 最小限にまで半径は狭くしておきたいと考えているうちに、本当にそこから出られなくなった。脱出を試みた時期もあったような気がする。もういい。そして半径という言葉を別の言葉に置き換えてもいい。そんなことを考えるのもやめにしたっていい。まだ考えるのだろうけど。
 気持ちは少しずつ動いていく。動いたものは元には戻らない。よく知っている。
 
 薄暗い部屋の中で、上体を少しだけ起こして枕元の腕時計に目を遣った。目を凝らしてもそれが示す「正しい時刻」を読み取ることができない。眼鏡はテーブルの上だ。腕時計を取ろうとして伸ばした手をぱたんとおろし、「見えない」と声に出してから枕に顔を埋めた。特に不便はない。誰かが知らせてくれた。