ふわふわ

彼女の手は、とてもふわふわで柔らかかった。少し苦しそうに呼吸をする彼女の手を握って、ああそうだ、この手だ、このふわふわの手だ、いつか触れた時もこんなふうにふわふわだったと考えていた。ちっとも変わらない、温かくて可愛らしいその手を撫でながら…

見知らぬ手と手

つらい思いをしながらも生きようとしている人の告白を聞いてまず驚き、そして目を見つめてただ手をぎゅっと握る、そんな光景を間近で見ていた。ああ、と思う。そんな寄り添い方もあるのだな、と。そして涙が溢れた。この人のために何ができるだろうとこの数…

日記やら人生やら

ライブを観に行ったあとで、そういえばライブハウスに足を踏み入れたのは何年ぶりだったんだろうなと、自分の書いたブログの記事を読み返していた。もう9年も前のことだった。とても驚いた。本当に嘘みたいだ。そんなに経ったのか。そしてそのまま過去に書い…

箱の中

曇りひとつないガラスの自動ドアを抜けて真新しいビルに入る。広く明るいロビーには、いかにもという感じのソファとローテーブルのセットが余裕のある距離を保って三組ほど配置してあるが、誰も座っていなかった。静かだ。受付もビルの案内表示もどこにも見…

緩い繋がり (3)

Twitterのおすすめのアカウントに時々南無さんが現れて、どうしているのかな、お元気かな、とそのたびにぼんやり思っていた。でも先日、亡くなったことを知った。 直接お会いしたことはなかったが、今は無きContemporary Unitで大変お世話になった方のうちの…

緩い繋がり (2)

Twitterでフォローしていた方の訃報を受け取ってからしばらく経つ。彼女の生前は特にやりとりはしていなかった。完全に遠くから眺めているだけの人だった。けれど彼女の言葉が好きだったし、フォローされた時やふぁぼられた(敢えてこう書く)時は本当に嬉し…

緩い繋がり

「さびしい」と書いた途端、涙がぼろぼろ溢れてきて、そうか私はさびしいのかと気がついて、そのあとはもうどうしようもなくなってしまった。何年もTwitterでフォローしていた人がタイムラインから突然居なくなった、それだけの話である。Twitterを消そうか…

言い訳

何が正解なのかはちゃんとわかっていて、それなのにその正解をいつも最初から選ぶことができない。だから、時間がかかっても、合格点が取れなくても、ほんの少しでも正解に近づきたいと足掻いてみる。間違いを認めたくなくて、「でもやれるだけのことはした…

引っ越ししてきました

長いこと使わせていただいていたプチ・ホームページサービスが2020年1月をもってサービス提供を終了してしまうとのことで、そもそも3月末で契約も切れるしなあ、と考えた結果、はてなブログに引っ越してきました。 そのまま何もせず放置して、契約終了ととも…

「あなたの夢を見た」と聞くと、その夢の中で自分は何をしていたのかを知りたがる、そういう人たちがいて、自分もその一人なのだけれど、それでわたし何してました?と尋ねて返ってきた答えが、日頃の彼の言動から読み取れる不安が如実に現れていて、何とも…

思いつく限りの可能性を一面に並べて、一番見たくないものは見ないふりをしてしまう。事実がどうであれ、自分の視点から見ることができるものには限りがある。どこまで行ってもどこへも行けないことはわかっていても、それでも、やはりどこかへは行かなけれ…

手を離す

手を離すことが難しい。そこまで執着しているつもりではなかったことでも、今になってどれだけ執着していたか思い知らされる。それだけ思い入れがあったということなのだろうし、これだけ苦しく思うのは、私が自分から手を離す側ではないからなのだろう。

何かいいこと

ひどいことが続いたせいで、参っている。本来なら休みのはずの日の昼休みにかかってきた、嬉しそうな声の電話も、別の世界から私ではない誰かにかけた電話のように思えて、何を話しているのかよく理解できなかった。 何をやってるんだろうなあとぼんやり考え…

毎日がひどく忙しくて、ここのところまともに食事を作っていない。日々適当に食事を済ませていると、「食べる」ということがよくわからなくなってくる。似たような感情を他のことに対しても抱いている。何が正しくて何が間違っているのか、よくわからない。 …

誰かの寂しさを受け入れることができなかったように、自身の寂しさを受け入れてもらうことなどできないのだろう。私はあなたの都合で生きているわけではないのだし、あなたも私の都合で生きているわけではない。

何故会いたがるのか。わからないのではなく、ちゃんと知っているし、理解もしている。けれど、わかりたくないと考えている。どんな事情でも、私には関係がない。 多忙であることを告げると、そうか、という穏やかな声がした。きっと諦めたように微笑んだのだ…

誰かに対して言語化できない何かを感じることがある。嫌な感じの10歩くらい手前。そこでいつでも逃げられる体勢をとることができるようになりたい。「何か」の正体に気づいた時にはだいたい手遅れなことが多いのだ。

だいじょばない

ひとりで大丈夫かと聞かれた。誰かに一緒にいてもらうという発想がこれっぽっちもなかったので、ひどく驚いた。 誰かに言われてはじめてその存在に気づく自分の感情がある。強さとか弱さといった類のものではなく、その種類の感情を自覚できなかったという、…

助手席で感じていた居心地の悪さが伝わったのかもしれないな、と思った。それならもっと早くに気づいてくれたら、とは言わないけれど。

髪を切ってもらっている間に、どういう訳かマニキュアを塗ることになった。何年ぶりかもわからないほど久しぶりに塗るマニキュアは、驚くべきことにゴールドのラメだ。ハンドクリームをさぼりまくっている荒れた手にはまるで似合わない。それでも一通り塗っ…

話が上手すぎる人はとりあえず警戒することにした。不愉快な思いも、あまり飲み込まないことにした。それでもなお、もやもやとした感情だけはしっかりと残る。 それで彼はなにをしたいのだろう、と考える。不愉快にさせたいのか、全く何も考えていないのか。…

どこまで行ってもどこにも行くことができない。12時が過ぎれば鳴らない電話を待ち、23時が近づけば届かないメールを待ってしまう。そのたびに、これでいいのだ、電話が鳴る必要がなければメールが届く必要もないのだと悲しく言い聞かせる。そして今度こそ逃…

僕は本当はずるいんだ、彼はそうつぶやいた。新幹線の改札まで見送って、最後に大きく手を振った。そのずるさが好きでした、と思うのは、表面しか見ていないからなのだろう。

話したいことを、そう考えるに至った経緯まで全て話したら、満足できるのだろうかと思う。顔を見て直接話して、あのときみたいにわんわん泣いて、そうしたら満足できたのだろうかと思う。電話の向こうでごめんねと謝罪されて、明るい声で「愚痴でも何でも、…

その最後のひとことがなければ、すぐにでも返事ができるのに

quit

あるひとつのことをやめることにした。だらだらと迷い続けて、決められずにいたけれど、思い切ってやめることにした。やめることを決めて、もうできないんだと思えばさびしいけれど、もうしなくていいんだと思えばほっとする。そして、近い将来を考えれば、…

明るく静かなテーブルの向こうの、長い指を眺めていた。手を伸ばせば届く距離にいるその人の声が、夢のように遠くに聞こえる。誰かのことを理解できるだなんて幻想なのだし、自分のことをわかってもらおうなんてこともただの願望でしかない。それだけわかっ…

私たちを咎めるように叩きつける雨の中を、車は走る。昨日買ったばかりの傘が自宅にあることを思い出した。鞄の中に折りたたみ傘が入っているから大丈夫だよという穏やかな声を聞きながら、何が大丈夫なんだろうとぼんやり考えていた。大きな溜息をついたの…

これは愛ではない

絶望とはこういうものなのかもしれないと考えていた。「心配だったので電話しました」と一言だけ書かれたメールが届いていた。 着信に気づかなかったのは車を運転していたからだ。車から降りて電話をかける。大丈夫かと問われたので、「大丈夫ですよ」と答え…

跡地

前回来た時に「もうここに来ることはないだろうな」とぼんやり考えていたその建物は、取り壊されて跡形もなく消えていた。更地をざっと見渡して、意外と狭かったんだなと思った。ああ無くなっちゃったんだねという声に、そうですねと答えた。空には灰色の雲…