2014-01-01から1年間の記事一覧

子ども

手術室へ繋がる自動ドアが目の前で閉まり、ぽつんとひとり取り残された。周囲には誰もおらず、何の音も聞こえなかった。急に心細くなって涙がこみ上げたから、自分で驚いた。私は、小さな子どもになっていた。 ** 変なことを考えちゃだめだよ、と忘年会の…

応答

もう4年も引きずってるって笑われましたよ、と彼女が笑いながら言うから、そんなの次の人が現れたら一瞬で消えるよと答えた。 依存から脱するために、新たな依存可能な対象を求める。依存という言葉が不適切なら別の言葉に置き換えてもいい。メールが毎日の…

素数

スプーンでどれだけ注意深く掬っても、ティラミスの上にかかった苦すぎるココアパウダーが薄暗い部屋のガラステーブルの上にこぼれてしまう。仕方なく、食べ終わってから拭き取った。 「雨、すごいね」と言われてはじめて強い雨の音に気がつく。外のことなん…

どんなに近くても近寄れない場所がある。束縛が言葉の端に見え隠れする。くだらない、と思う。知るか、前だけはわかる、とスピーカーから流れてくる。前がどっちなのかはともかく、進むことしか許されない状況であることならわかる。知るか、と悪態をついた…

ハート

後部座席で、別に私はあの人でなくてもいいのだなと再確認する。頭がよくて、優しくて、背が高くて、年上で、私のことを好きで、私と利害が一致するのであれば。あの人とは利害だけが一致しない。車は雨のなかを進む。運転席から優しい声が聞こえる。9月は涼…

嘘つき

「愛している」という言葉には私も愛していると答えていた。時々は自分からも愛していると言ったりもした。そして、愛していると言葉にするたびに、私は誰のことも愛していないのだということを確認する。たった一度でいい、本心から「あなたを愛している」…

泣いちゃいなよ、と言われて、やっと声をあげて泣くことができたのはいつだったか。 あの時はあんなに泣いたのにね、というささやきを思い出すのはいつも、声をあげて泣きたい夜だ。

さびしいですつらいですと言いたくなる。さびしいのもつらいのも想定されていたことだと飲み込んで笑ってみせる。これでいい。何も信じるな。

何気ない会話につい安心してしまうけれど、本当は深く絶望したのちに安堵するべきなのだろうと思っている。 体調が良いときには悪いときの苦しみを思い出すことができない。私はいくつかのことを忘れたようだ。

遠雷

全て無くなるかもしれないというリスクを犯してまでそうする価値があるのですかと問いたい。いや、いつか問うたら曖昧な答えが返ってきたのだった。責任を負えないことを自覚しているからそう答えるしかないのだ。ずるい人ですねと責めたのだった。 夜の車の…

上書き保存でも名前をつけて保存でもなく、消えない存在はただ消えないだけである。悲しいことは何もないのに、浴槽の中では涙がぽろぽろと流れた。どうしたら消えるのだろうと考える。 なんでまだ生きているのなんで死なないのと何度でも言えばよかったのだ…

一年が過ぎて、いくつかのことを学習したらしい。 白紙のノートを埋めていく術を持たない。どうでもいいことは放っておく。

思いは伝わるのだろうかと思う。おそらくは伝わらないのだろう。どんな理由があっても、それを理解してもらえない限りは伝わることなどない。そして理解してくれる相手など、いないに等しい。 あなたがわかってくれていたらいいのにと思う。私の一方的な思い…

また元のところに戻ってきたのだ、とぼんやり思いながら歩いていた。あまりにも何かに頼りすぎている。何にも頼らずに生きていくことは難しい。そんなこと誰にもできないのかもしれない。わからない。わからないけれど。頼るものが少なければ、その数少ない…

厚意

ケーキでも、という誘いはやはり断るべきだったし、餃子を、という申し出もやはり断るべきだった。いつも通りに流されるだけだ。

ごめんね、と記されたメールが届く。なぜ謝られるのかわからない。結局この人も、自分のことしか考えていないのだなと思う。毎日笑っていても、腹の底で考えていることはいたって冷静だ。 日が長くなって、もうすぐ春が来ることを思い知らされる。終わるのは…

だから、さようならと言おうとしている

気持ちが落ち着いたのかただ単に慣れただけなのか、どんな理由であの日々から抜け出すことができたのかは未だにわからないが、まるで2月の暗い暗い真冬の日々の翌日に、突然5月のやわらかな日差しの中に放り込まれたような戸惑いが続いた、あれは去年の春先…