どこまで行ってもどこにも行くことができない。12時が過ぎれば鳴らない電話を待ち、23時が近づけば届かないメールを待ってしまう。そのたびに、これでいいのだ、電話が鳴る必要がなければメールが届く必要もないのだと悲しく言い聞かせる。そして今度こそ逃げ切れたんじゃないかと考え始める頃になると携帯電話は震え出す。深く息を吸ってから静かに「はい」と答える。まるで意味のない短い文章を読む。
 
 新しいスーツ、新しい大きな鞄。出かける準備はできている。新幹線でも電車でも、あまり窓の外を見なくなった。会いたい人が何人かいる。会いに行きますと会いましょうと呼びかけることができないのは昔からだ。会いたい人たちが暮らす街とは逆方向の街に向かい、駅を出ては日傘をさした。どこまで行ってもどこにも行くことができない。