ロックンロール

 
 好きなものから離れるためには、飽きるか嫌悪するようになるまで(あるいはその両方の状態になるまで)、好きでいなければならないのだろうと思う。
 
 「いろんな方からいろんな悩みが寄せられます。実は最近、それらの問題の多くに共通していることがあるんちゃうかということに気がつきまして。何だと思います?会話の欠如なのではないかと思うんですわ」
 
 水曜日と日曜日は嫌い月曜日はもっと嫌いだ、というメロディーが耳について離れない。何曜日でも少しも変わらない日々を、匍匐前進のようにやり過ごす。何にも見つからないように息をひそめて。誰にも邪魔されぬように。
 
 「足りないのは対話と相互理解、それさえあれば世界は平和だったのでしょうか」
 
 重い重いドアを開けると、爆音とよんでさしつかえないほどの大音量で、聞き慣れた音楽が既に始まっていた。チケットと交換したビールを飲み干したあと、暗がりの中でメニューのレッドアイという文字を指で示すと、一行下に書いてあったカシスビールが出てきた。少し酔って、最前列でひとり踊り狂う知らない男の後ろ姿を、PAブースの仕切りにもたれてぼんやりと眺めていた。昔、いつか死ぬときは大音量のロックンロールの中で死にたいと考えていたことを思い出し、ゆっくりと目を閉じた。
 
 「無用な誤解を防ぐために、常にドアは開けたままにしておきなさい」
 
 深夜、疲れ果てて幹線道路沿いのファミレスに入る。早朝に違う店で聞いた曲と同じ並びの音楽が流れている。どこへ行ってもどこへも行くことができない。
 
 「ドアを開けたままにしておいたら、せっかくの大音量が漏れてしまうじゃないか」
 
 海への道は閉ざされている。かつていた場所はもう既になく、どうしても波打ち際へ戻ることができない。そのことがわたしを苦しめる。どんな結果が待っているのかなんて容易に想像できるのに、残骸を探し集めては傷をひろげて発狂する。それでも声を聞くと安心する。少し落ち着くことができる。声がなくなるとすぐに元に戻る。会話が足りないのだろうか。足りていればまともでいられるのだろうか。会話に不可欠であるところの言葉をわたしは持っていない。わずかな時間の中で、何をどう話せばいい。出てくるのは罵詈雑言ばかりじゃないか。まともに話せたことなんかない。自分が狂っていることなんか知っているよ。違う狂ってなどいないわたしは悪くない間違ってない。それでもやはり狂っているしわたしが正しかったことなんかない。そうでしょう?
 
 飽きるのはいつ、嫌悪するのはいつ。