波までは遠く

 
 連れられて海岸へ行った。さくさくと音を立てて砂の上を歩いていた。風もない穏やかな日で、すぐそこに海があるはずなのに、波の音すら聞こえない。静かな平日の昼下がりだった。ブーツを履いていたので、中に砂が入る不快感はなかった。アスファルトの上を歩き回った後だったせいか、砂地のやわらかさが心地良かった。
 砂浜を歩くのは久しぶりだった。一時期は毎週のように海まで出かけていたのに、すっかり足が遠退いてしまったのは、多忙になったからだけではなかった。津波の圧倒的な破壊力に海が怖くなったせいもある。ほかにもいくつか。しかしそんな言い訳を並べて一体どうするのだろう。全てが終わらない限り語ることは許されず、しかし全てが終わった後では何もかもが消えてしまう。何が始まって何が終わったのか、何が変わって何が変わらなかったのか。私以外には、きっとどうでもいい話なのだ。
 だから余計なことは何も話さなかった。どうでもいいことを話し、ふと目に留まったもの対する、どうでもいい短い感想を述べた。靴の中に砂が入りませんか大丈夫ですかと尋ねると、うん大丈夫と陽気な声が返ってきた。そうして私たちは引き返した。波打ち際には近づきもしなかった。