"out of sight, out of mind" ですよ。彼女はそう言ってからエンジンを切った。冬の夜が始まる時間で、そこは土砂降りのファミレスの駐車場だった。うん、と答えた。わかっているよ。よく知ってる。でもね、それはただ単に見えないだけであって間違いなく存在しているんだよと言おうとしてやめた。
 車から降り、傘を持っていなかったので小走りで店へ向かう。途中、気づくことができなかった水溜りに勢いよく右足を突っ込んでしまった。見えなければ見えないで苦しいし、見えたら見えたらでつらくなる。何事もなかったかのように消えてしまえばよかったのだ。私にはいつもそんな勇気がない。靴の中が濡れた。ああという小さな溜息さえも届くことなく、冬が過ぎて行った。
 
 そうして春が来て、桜が咲く。早すぎる満開の花の上に静かに雨が降る。駅を出ると、当然のように傘をさして人々が歩いている。傘を持たない私は俯いたまま早足で歩く。冷たい雨が髪を濡らす。仕方なくコンビニでネイビーブルーの傘を買う。レジでは何も言わなくてもタグが切り取られ、すぐに使える状態になって渡される。コンビニを出る。傘を開く。視界が少し狭くなる。ゆっくりと歩き出す。黙殺された遠い存在のことを想う。見えないことと見ないことは違う。私もまた黙殺された存在であることを知っている。どうしていますか。一度も届かなかった声はこの先も届くことはない。花散らす雨が降る。傘が雨を遮る。