距離

 
 その後のことを聞かれたので、咄嗟に、何も変わりませんよと嘘をついた。テーブルの向こうでにこにこしている人の、それはよかったという声をぼんやりと聞いた。本当のことを言う必要がないように、嘘などつく必要もなかった。本当のことを言えばよかった、でも嘘をついた理由を説明するのが面倒だなと思った。会話は次の話題に移っていた。いつか本当のことを話す機会はあるだろうか。
 食事を終えて駅まで歩いた。急に誘ったことを謝罪された。いえいえ楽しかったです、じゃあまた、と手を振り、向きを変えてバス停へ向かった。ふと、葛藤は自分の理想と現実の乖離によって起こる、という文章を思い出した。私は自分が思うほど他人に好かれてはいないし、同様に自分が思うほど誰かのことを好きなわけでもないのだ。そうやって考えていけば乗り越えていけるのだろうかと思う。わからない。わかることは、近づいた距離はいずれまた開く、それだけだ。