素数

 
 スプーンでどれだけ注意深く掬っても、ティラミスの上にかかった苦すぎるココアパウダーが薄暗い部屋のガラステーブルの上にこぼれてしまう。仕方なく、食べ終わってから拭き取った。
 「雨、すごいね」と言われてはじめて強い雨の音に気がつく。外のことなんかどうでもいいのに、と言うかわりに不味いコーヒーを飲み干した。口の中に残っていた甘さがあっさりと消滅して、ティラミスを食べる前に抱えていた懸念まで、どうでもよくなった。常識もモラルも、案外簡単に壊れてしまうのだなと思った。さてこれからどうするおつもりですか。割り切る方法ならふたつ知っている。不快な苦さだけが残る。