ゆるゆるとした夜の長い坂道を歩いて、ああここは前にも一度来たことがあるなと思った。どのくらい前のことなのかは覚えていない。いつかの冬の日に、地図も持たずあてもなく歩いてここを通り過ぎたのだった。見覚えのある建物の暗がりには、しっかりと抱き合う黒い影があった。かたくかたくお互いを抱きしめて、世界を内へ内へと閉じていく。彼らの狂気と私たちの狂気はどれほどの差があるのだろうという言葉を思い出した。彼らと私たちの違いならわかる。彼らには私が含まれていない。
 夜の電車の最後尾で、静けさを取り戻した街の片隅で、彼らは一切のものを遮断して互いから離れまいとしている。しかしやがて離れてしまう。しっかりと閉じようとしてもすぐに開いてしまう距離を、彼らはどうやって繋いでいくのだろう。
 
  ずっと遠くから見ていたはずの「彼ら」はいつのまにか「私たち」になっていた。「私たち」のなかに「私」だけが残ったとき、私は再び「彼ら」を遠くから眺めるのだろう。それはとても悲しいことだ。